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<書いている人>

山本裕介。専門はマーケティング。二児の父。詳しいプロフィールは Facebook に。父親目線の育児ブログ Father’s Note も書いています。

<書いている理由>

自分にも子どもが生まれて、小さな彼ら彼女らが精一杯日々を過ごしているのを注意深く観察していると、自分の周りのもの、ありとあらゆるものを見て、聞いて、触って、口に入れて、試して、たまに壊して、痛い目にあって、そこから学んでいる様子を目の当たりにします。

でも、だんだん大きくなるにしたがって、保育園だ、幼稚園だ、小学校だ、受験だ、習い事だ、英語だ、プログラミングだ、留学だ、と、どんどんその学びが矮小化されて、「周りの環境すべてから学んでいく」という感覚が失われていくこと、そしていつの間にか親である自分もその流れに逆らえないような空気を感じます。

でも、本当にそうなんでしょうか?本当は、なにかを知ったり、学ぶことって、もっと自由に、どこでだって、誰だって、できるはず。子どもたちの自由な学びを見ていると、心の底からそう思います。

一方で、大人の社会はどうでしょうか。私たちの国でも、世界の他の国々でも、これまで以上に多様性の問題が顕在化しています。

日本では戦後最も凶悪な殺傷事件を起こすほどの憎悪が障がいのある方に対して向けられ、イギリスでは国民投票によってEUからの離脱が決まり、アメリカでは対立を煽り続ける新しい大統領が誕生しました。

日本という国や社会の課題は明確にありますが、だからと言って世界の他の国が優れている、というわけでもどうやらなさそうです。

「社会が分断されている」、メディアは盛んにそう言いますが、その分断を乗り越えていく方法についてはあまり教えてくれません。

多様な社会とは、「たくさんの小さいものごと」で成り立つと思っています。そして、そのたくさんの小さいものごとは、自分の置かれている場所から見て、遠くにあるから見えづらいものもあれば、すぐそばにあるはずなのに意識しないと出会えないこともあります。

どうやって「他者」と出会うのか、どうやって「異質なもの」と触れ合うのか。そのヒントとなりそうな、色んな場所で生まれている変化の兆し、おもしろそうな取り組み、これまで当たり前だと思っていたものの裏側に潜むもの、そういうことをみんなでどうやって共有していくのか、それがこれからの鍵だと思います。

そのためには、子供も大人も、まるで旅をするように、新しい場所に行ったり、新しい人に会ったり、新しい体験をして、学んでいくことが、一番の近道なのではないかと思います。

正解のない問いを、問い続ける力を得るために。